毎日、朝、起きてもヘレナのすることはいつも決まっていて
家の郵便受けに墓地の購入か老人ホームへの誘いのダイレクトメールをゴミ箱へ捨てることだけ
彼女は、一切の冒険をせずに60歳過ぎたままで、ただ繰り返しの日々を送っていた。
結婚も恋もせず、ただずっとオペレーターとして働いた彼女は常に後悔を感じた。
仕事を始めてから貯めていた結婚資金も使うことはなく、ずっと残ったままで
これといった趣味をもたず、数少なかった友人もいなくなり、毎日、老いゆく自分の姿をみるだけの生活
でも、いまさら何かをできるわけでもなく、できることは神のお告げを待っていることだけ。
そしてヘレナの一日がまた終わっていく。
次の日、いつものように家の郵便受けに行きダイレクトメールを手にとりテーブルの上に置く。
これで、今日も一日のすることが終わってしまった。
しばらくしてから、テーブルの上に置いてあったダイレクトメールをゴミ箱に捨てる。
その時、自分の宛先と名前だけが書かれていた、手紙を見つけた。
差出人は不明。中には、紙が一枚だけで、広告らしいものも入っていないように見えた。
とりあえず、ヘレナはその一通だけゴミ箱から取り出し、テーブルの上に置いたが
開封はしないでその日が過ぎていった。
次の日、いつものように家の郵便受けに行きダイレクトメールを手にとりテーブルの上に置く。
これで、今日も一日のすることが終わってしまった。
しばらくしてから、昨日、テーブルの上に置いてあった一通の手紙のことを思い出した。
昨日のまま一番下に置いてあり、それは郵便配達人はおろか、自分も含め誰一人として
触っていないかのようなしわ一つない綺麗な状態だった。
中を開けてみると、一枚の紙が入っており、中に文が書かれていた。
「この手紙を見た次の朝には、あなたは若返っています
でも、起きてから48時間だけだから気をつけて」
これだけだった。
きっとどこか遠くの町の子供が書いたいたずらの手紙だろうとヘレナは思った。
しかし、その文字はとても綺麗に書かれており、手書きはタイプライターでも印刷はできないような
とても不思議な手紙だった。
結局、何もすることがなく一日が終わってしまった。
朝、ヘレナが目から覚めると、いつもとは違う場所にいた。
天井がはっきりと見え、部屋がとても眩しかったか
すぐにベッドから起きてみたが、そこは確かに自分の部屋だった。
でも何かが違う、何もかもがはっきりと見えすぎている。ヘレナは窓を見てみた。
そこには、いつも見慣れている自分の顔ではなかった。とても驚いたヘレナはすぐに鏡のある浴室へと向かった。
何もかもが変わっていた。
髪も顔も声も体型も、全てが昔の若い頃の自分に戻っていたが
若いときよりも綺麗になっていた。
すぐに、ヘレナは昨日の手紙のことを思い出した。
手紙のおいてあった、テーブルを見てみたが、そこには何も置いていなかった。
手紙はまるで魔法のように消えていた。
ヘレナは手紙に書かれていたことを復唱していた。
「起きてから48時間だけだから気をつけて」
確か、今日はいつもように朝の7時に起きた。だから、あさっての7時にはまた元の姿に戻っている。
そう思うと、ヘレナは何か行動しなければと思い。いてもたってもいられなくなった。
でも、何をすればいいの。
若くなったからといって、自分を知っている人はいないし、これといってやりたいことも見つからない。
この美貌ならNYへ行けばモデルとかにスカウトされるかもしれない。でも、NYまでは片道で10時間以上かかるし
今までの人生で1度しかいったことのない場所に行ってどうなるというの。ヘレナは途方に暮れた。
若くなったからって、やりたいことが見つからないなら意味がないと。だからといって、このまま家の中にいても時は過ぎていくだけ。
外にでなきゃダメ。ヘレナはタンスからなるべく若そうな服を選んで着てみたが、どれも、昔流行の服ばかりでとても着れたもんではなかった。
「まずは洋服を買わなくちゃね」
後のことはそれから考えても遅くはないでしょう。
外に出たヘレナは何十年振りかのお買い物を楽しんだ。
仕事をしていたときでも毎日、同じ服をきており、服を買ったことなんて遠い昔のことだった。
服を買い終えたヘレナはやることがなくなり、お店の前のベンチに座った。そして、時が過ぎていく。ヘレナは夕暮れ近くになってもベンチに座っていた。
やることもなく、どうしようかと途方に暮れていたが、考えていても何も思いつかない。このまま家に帰るだけで今日が終わってしまうのかと思うと、余計にヘレナは悲しくなり
動くことさえできなくなってしまった。それでも時は、ヘレナに関係なく夜へと変わっていく。
ベンチから立ち上がったヘレナは家路へと向かった。
その途中で一軒のバーを見つけた。
そのまま惹きつけられるようにヘレナはそのお店へと入っていった。店内には、女性はヘレナ一人しかいない。少し狭いお店で
カウンターが少しとテーブル席だけの簡素なお店だった。カウンターに座ったヘレナはマティーニを注文した。
飲み終わると、ヘレナに近づいてくる男がいた。ヘレナは誘ってくるのだと感じた。
男はヘレナに言葉をかけたが、最近の事にはまったく分からず、何を伝えてきているのかも分からなかった。
見た目が若くなっただけで、何もかもが若返ったわけではなかった。ヘレナは男のいうことを無視して、一人、バーで思案にくれた。
このせっかくのチャンスも自分にとっては重荷だったことも。このまま時が過ぎていくのを待つだけ
そうすればまたいつもの自分に戻るだけ
それでいい。自分にはもともと冒険することなんて出来なかったんだから。
いつの間にか、ヘレナに寄ってきた男もいなくなりお店にはヘレナ一人だけになっていた。
お店から出ると、自分の目の前で見知らぬ男同士が喧嘩をしていた。
一人の男が相手の男を殴り、殴られた男のほうが地面に倒れてしまった。喧嘩が終わった。
ヘレナは家路へ向かって歩いていった。
地面に倒れた男を見ると、まだ倒れたままだった。動いていない。
ヘレナは倒れた男のほうに向かい、様子を見た。
「大丈夫?」
若い男だった。今の自分と同じぐらいだろうか、意識はあった。
「大丈夫です」と男はいった。
「怪我していますが、自分で立てます」そう言うと男は立ち上がったがとても一人で歩ける状態ではない
ヘレナが男の肩を支えた。
「すみません。しばらくすれば少しは良くなりますので」と男がいい
ヘレナに支えながら、近くのベンチへと向かった。
ベンチに座ったヘレナは男のほうを見た。
男は先ほどよりも元気が出てきており、怪我もひどくはなかった。
「すみません、お陰様でだいぶ良くなりましたお手数をおかけしてすみませんでした。」
男は、見た目に似合わず、礼儀正しい態度でヘレナに接した。
続けて男が
「もしお時間があれば今から私の家でお礼をしたいのですが、家が少しばかり離れていまして、少し町から離れた場所にありますが」
と、男は自分の住所をヘレナに伝えた。ヘレナはその住所に聞き覚えがあった。
確か、その住所には昔から大きな豪邸がある所じゃない。とヘレナは思った。
男のほうが怪我をしているし、何かあったらいつでも逃げられると思ったヘレナは男の誘いに応じた。
男はヘレナに支えながらゆっくりと自分の家へと向かっていった。
男が立ち止まった。
男の目の前にはヘレナが思っていたとおりの豪邸があった。
ホントにこの豪邸の人なのかしら。ヘレナは疑念を抱かずにはいられなかった。
男が「クレイだ」と言い、ドアを叩くと、玄関の扉が開いた。中からは、しっかりと着込んだ執事らしき人物が現れた。
「ご主人様、お帰りなさいませ」と執事はいった。
「遅くなってすまない」とクレイと名乗る男が返事した。
ヘレナとクレイが家の中へと入ると、目の前に大きいな肖像画が飾られていた。ヘレナがその肖像画を見ていると
「あれは叔父のジョージ・クレイです」と男は答えた。
「叔父が死んでからは、この家は自分が管理することになりました。何もすることはなく、ただ時が過ぎるのを待つだけですよ。
今日は、少し町にでてみたら、些細なことでつい見知らぬ男と喧嘩をしてしまってお恥ずかしい限りです。」
そう言い終わると、クレイがヘレナに向かって言った
「今日はもう遅いですから。お礼は明日の朝で宜しいでしょうか?さまざまな朝食を用意させておきますので、それで良ければ」
ヘレナは考えた。明日はあと24時間しかない。それまでだったら、まだ大丈夫。
「もちろん、喜んで。朝の8時にはこちらにきますわ」とヘレナな答えた。
「それは良かった。では明日。」とクレイ
「ええ、明日ですね。」とヘレナは答えると、家路へと帰っていった。
次の日、ヘレナが朝の8時にクレイのいる豪邸へ向かうと
昨日の執事が玄関前で待っていた。
「お待ちしておりました」と執事が言うと。玄関のドアを開け、ヘレナを奥の庭のほうへと案内をした。
案内された場所には、たくさんの料理が並べれれたテーブルにとクレイがいた。
顔を見るとまだ、昨日のアザが残っていたが、ござっぱりとした綺麗な服を着ていた。
「お待ちしておりました。どうぞおかけ下さい。」とクレイが言った。
ヘレナはイスに座ると、クレイも同じようにし、執事が飲み物を持ってきてくれた。
二人だけの食事が過ぎていった。
こんなに楽しい食事はいつ以来なのだろう。ヘレナはそう思った。
クレイはとても礼儀正しく、そしてとても親切に話しかけてきてくれる。こんな人と一緒にいるなんて夢みたい。
心のそこからこの人と一緒にいたいと思った。このままがずっと続けばいいのに。
「夢…」ヘレナはそうつぶやいた。
「えっ、夢がどうかしましたか」とクレイがヘレナに訊いた。
「いえ、なんでもありません。気になさらないでください」とヘレナが答えた。
もう、お昼を過ぎている。あとこの若いままでいるのも明日の朝まで。そうなったら私は元に戻るだけ。
私には何もできない。この人に好きな思いを伝えても、私は元に戻ってしまう。何も伝えることができないだけなんて。
「明日はお暇でしょうか?」とクレイがヘレナに訊いた。
「いえ、あしたは用事が…」とヘレナが言い終わる前にクレイが言った。
「朝早くで、それも朝の6時ぐらいにご一緒できませんでしょうか」とクレイが言った。
朝の6時、それならまだ1時間ある。少しだけなら一緒にいられる。
「もちろんです。」とヘレナが答えた。
「それは良かった」クレイは今まで見たことのないような笑顔して言った。とても嬉しそうに。
ヘレナはその顔をもう一度見たいと思った。とても幸せそうな笑顔で
こんな笑顔をしてくれた人にいままで会ったことがあっただろうか。
まだ肌寒い、外をヘレナはクレイと一緒に歩いていた。
ヘレナは早めにクレイの豪邸へと向かうと、すでにクレイは外で待っていた。
「この近くに墓地があるのですが、そこまで一緒に宜しいでしょうか」とクレイが言った。
きっと叔父様のお墓だと思うけど、墓地に私と一緒に何の用があるのだろうか。ヘレナはそう思いながらもクレイの後をついて行った。
クレイが立ち止まると、そこには一つだけお墓があった。
「これです。」とクレイが言った
ヘレナがそのクレイが指差したのを見ると、墓には『ラリー・クレイ』と書かれていた。
「叔父様の名前は確か、ジョージ・クレイでしたわよね」とヘレナがクレイに訊いてみると。クレイが答えた。
「実は叔父なんていません。このラリー・クレイとは私のことです。」
「どういう意味なの?ならあの飾られていた肖像画は何なの。
それとなぜ、あなたの名前がここに書かれているの」
ヘレナがそう言うとクレイは突然、ヘレナを抱きしめた。
クレイの体から光が発し、ヘレナの体から徐々に離れていった。
光が止むとヘレナの前には、あの肖像画の人物がいた。
「あなたは」とヘレナが
「私は、あなたを騙していました。あの肖像画は叔父ではなく、私自身です。
私にもよく分かりませんが、2日前にとある手紙を受け取りまして
次の日は昔の私に若返っていたんです。あなたには、本当に申し訳ないことをいたしました。
このお墓は、病気で私の寿命が残り1ヶ月ということを知ってから作ったものです。」
そうクレイが言い終わる前に、ヘレナが年寄りになったクレイにキスをした。
「悪いのは私のほうです。」そう言うとヘレナの体が光に包まれた。
一ヵ月後、クレイは自分のお墓の下で安らかに眠っていた。
その隣にはヘレナのお墓が立てられていた。
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